ならず者’s blog

所詮、戯言。

読書感想文

今の小学生も読書感想文が夏休みや冬休みの宿題になったりしているのだろうか?

僕は小学校1年生の夏休みで、初めて読書感想文というものを書いた。

何の本を読んで、感想文を書いたかはもう覚えていない。

幼い頃は図書館が好きで、絵本をよく読んでいた子供だったが、文章だけの本を読み、感想文を書くというのは、全く要領を得ないまま書き進めたのではないかと思う。

大抵の子供は最初から、感想文なんて書けやしないのではないだろうか。

 

僕はその読書感想文で市のコンクールに入選し、小学校ではない、どこかの施設に呼ばれて、賞状を受け取った。

その授賞式に他の選ばれた子供たちと並び、少し緊張しながら椅子に座って、子供心に物凄い違和感があった。

何で自分が受賞しているのかと自分を責める気持ちもあったし、兎に角、自分が不甲斐ない気持ちがした。

 

夏休み、読書感想文を書いた僕は、どういう経緯だったか忘れたが、その感想文が父の目に触れ、散々にこき下ろされた。

「こんなの感想文じゃない」、いつものように「お前は馬鹿か」とか叱責を受けた。

そして次の日の朝、父は私を呼びつけ、紙を数枚渡し、この紙に書いてある通り文章を書き取って、それを読書感想文の宿題として提出しろと言われた。

つまり、僕が提出した読書感想文は、僕が書いたものではなく、父が(大人が)書いたものだった。

 

父は兎も角、母はこのことを一体どう思っていたのだろう?

この父が書いた読書感想文の提出は、小学校2年生か3年生まで続いた。

毎年コンクールで賞を受賞した。

 

小学校1年生で、僕は僕を全否定されたようなものだった。

それは子供心に、無意識に強く刻印された。

このような関係がずっと父と僕の関係性であり続けた。

 

市のコンクールで受賞など全然嬉しくなかった。

ただただ、惨めなだけだった。

吉藤オリィさんとOriHimeと野坂昭如さん

数日、日記を書く気になれなかった。

この場で日記をスタートしてから、出来るだけ毎日書き続けようと思っていたのに、1ヶ月も続かなかった。

もう数ヶ月、日々、深酒をしている。

そんな自分を責めて、また飲んだ。

 

ここ数日、以前から続けていた断捨離は進めていた。

しかし、時間は持て余し、不甲斐ない日々。

読みたい本もある。

見ようと思う映画もある。

でも、体が動かない。

気持ちが上向かない。

そして、酒に走る悪循環。

 

夜になって、大分前に録画していた、吉藤オリィさんのドキュメンタリーを見た。

吉藤オリィさんのことは前々から知っていた。

だから、テレビ番組も録画していた。

番組としてはどうなんだろう?

作為的な面も感じたが、それでも彼の人生を垣間見る作りにはなっていたと思う。

 

この番組を見て僕が驚いたのは、孤独を噛み締め続けてきた彼が折り紙を得意とし、それをずっと自分の拠り所と信じ、生きてきたことだった。

ロボットOriHimeもここから名付けられたのだと初めて知った。

僕も物心付いた頃には、ずっと折り紙ばかりを折っている子供だった。

周囲とも交わらず、一人遊びばかりに没頭し、子供の輪の中に入れば泣いてばかりいた。

そんな僕を母はとても心配していた。

 

僕は30代後半にもなって、発達障害の診断を受けた。

小学校の入学前、母は僕を連れて、当時の幼稚園の担任の先生の自宅におもむき、「この子をそのまま小学校へに入学させても大丈夫だろうか?」と尋ねてもいた。

幼稚園の担任の先生の助言もあり、普通に小学校に入学した僕は、今思えば、どういう心の作用があったのか定かにしたくはない思いもあるが、ありのままの自分を生きた時間は少なかったのかもしれない。

母は僕が14歳の時に癌で亡くなった。

父とは幼い頃から、折り合いが悪かった。

今の僕は、誰も責めるつもりもない。

責めるとして、こうなってしまった嘘くさい自分自身があるだけだ。

 

この番組の後半、ロボットOriHimeを通して、これまでなら出会えなかった、立ち会えなかったような人たちの交わる場面が映し出されていく。

吉藤さんはこう語る。

「”人がいる”という価値なんです」

「人生を変えるきっかけは人がもたらす」

「人との出会いとそれに対する憧れ(が大切)」

「憧れる心と出会うということを失ってしまうと本当に何も出来なくなってしまうと思っている」

 

物心付いた時から、ある難病にある、ロボットOriHimeを使ってアルバイトを初体験した女性はこう語る。

「狭かった世界が、どんどん広がっていくように感じました」

 

吉藤さんの番組を見た後、同じNHKの映像ファイル「あの人に会いたい 野坂昭如」を見た。

10分ほどにまとめた野坂さんを取材した番組だ。

 

番組の語りはこう告げる。

「まだ甘えたい盛りの妹を餓死させてしまった負い目を、野坂さんは一生引き受けていくことになります」

「戦争は常に弱い者が犠牲になる、そのむごさを思い知ることになりました」

 

野坂さんは戦後間もない時の過去を語る。

「僕は子供がリンゴをかじっているのを見たの。僕が14歳ぐらいの時。

リンゴはぜいたく品だと思ったの。ぜいたく品ならかっぱらってもいいと思った。

彼がまだ食べているやつをかっぱらって逃げて食べたら、これがリンゴじゃなくて芋だったの。生芋だった。

生芋の場合だったら、彼にとってみれば、食うためのギリギリです。

その時は僕は泣いたね。子供からひったくって食べたのは、彼の生きるための糧でもあったものを、僕は盗っちゃった。

5つぐらいの子の。その時の記憶というものは鮮烈にあるもんだから、食い物はやっぱりきちんとしなきゃ、人間どれ程卑しくなるか、あるいは残酷になるか」

 

野坂さんは自身の長女が生まれて、自身の過去と否応なく向き合うこととなる。

「生まれてきたのは女の子でしょ。だから、えらい恐怖感があるんです。

目が覚めたら、死んでんじゃないかっていう。そういうことが一方にあって、もう一つは食べている時に、なる程、これだけ子供にいいもの食べさせされて、いい世の中だなというふうには思わないんですね。

こっちがいいものを食べてスクスク育っていくのと同時に、こっち側の方の過去がよみがえってきちゃう。

なにしろタイムマシーンがあったら、持っていってやりたいという感じが本当にしたんですね。

妹のところに」

 

そして、野坂さんはもう少年時代のあの頃から逃れられないと覚悟を決めて、『火垂るの墓』を執筆したそうだ。

そして、戦後も弱い者が苦しみ続けた悲劇を訴え続ける決心をしたそうだ。

 

野坂さんは語る。

「今改めてあの戦争及び戦後の日々を顧みてみることは、何も特別なことじゃなくて 僕は折に触れて顧みるべきだと思うんです。毎日毎日のことについて。

他の国は本当にみんな、この戦争というものを忘れてはいません。

日本だけが負けちゃったもんですから、忘れたということにしちゃったんでしょうけど。

結局はもう二度とああいうことは起こっちゃいけない。世界のどこででも起こっちゃいけない」

 

「記憶として飢餓の体験を伝えることは難しい。涙がでてくるみたいで、不安感が出てくる」

 

僕はこの2番組を見て、両方とも涙が出た。

もう僕という人間は涙も枯れ果てているから、大泣きするようなことなんてなかったけれど。

でも、吉藤さんの気持ちも、吉藤さんの産み出したロボットで救われた人たちの気持ちも、野坂さんの気持ちも、こんな始末の悪い自分だけれども、一瞬だけ寄り添えた気がした。

彼らの孤独が分かるような気がした。

僕も遠からず、似たような気持ちや経験をして来たからだと思うのは己の勘違い、もしくは傲慢だろうか。

 

久しぶりに書けた日記。

まとまりもない、身勝手な日記かもしれないが、当面は自分の気持ちが落ち着くまで、書ける時にこのような日記を書いていこうと思う。

華氏451度

華氏451度というのは、紙が燃えだす温度だという。

フロンソワ・トリュフォーが映画化しているのも有名だが、レイ・ブラッドベリの原作である小説も僕は未読だ。

 

100分de名著の今月のお題は『華氏451度』。

ディストピア小説とのことだが、小説が書かれた年は1950年代のアメリカ。

テレビが登場し、大量消費社会となって、人々はそんな社会情勢に幸福を求めて、その時代の体制に疑念を抱かない体制順応主義者が多数を占めたのだという。

そのような状況下にこの小説が生まれた。

 

この小説の主人公、昇火士(ファイアマン)のモンターグはこう告げる。

 

「(本の)火を燃やすのは楽しかった」

「夢にまで見るのは、(略)本が鳩のようにはばたきながら死んでゆくのをながめること」

 

生という状況にあって、死を楽しむがごとく、パラドドックスな末期的様相だ。

 

指南役の戸田山さんは、この小説の登場人物をして、こう語る。

「この社会の人々は半分死んだような生を生きている」

「生活はメディアに依存して、楽しみは「消費」しかない」

「無意識のうちに虚無感を抱えている」

「虚しさの理由を考えることができない」

 

そして、現代人をこう語る。

「検索した後、消費する。消費者という名の機械になっている」

 

生を見失っている。

生を奪われている。

生を取り戻せいないような社会が隙間なく構築されつつある。

それに何の疑念も抱かない人が多勢の社会。

 

つまるところ、生を失うということは楽をするということなのかもしれない。

時代の発展は必ずしも人を幸せにもしない。

生きることの真実に蓋をして、見ないようにできることが徐々に増えていく。

そこから抜け出せない人間の怠慢。

でも、そのからくりがこれまでの歴史の混沌を作り、今も、そしてこれからも混迷から抜け出せない世の中を呼び起こしていくのだとしたら。

 

人々が改心することはあるのだろうか。

甚だ疑わしい。

人はどこまでも愚かであり続けるのではないか。

 

何故、人間は誕生したのだろうか?

一方で何故、このような小説が生み出され、読み継がれるのであろうか?

一文の得にもならないこと

父は、僕が物心付いた頃から「有名大学に入学できない奴は人間じゃない」と言って憚らない人であった。

偏差値の高い大学に入学卒業し、一流企業に就職する、それが人生の成功。

それ以外は人生として生きている意味がない。

「友達も部活動も人生の何ら役には立たない」とも言っていた。

なので、部活動に入ってもすぐに辞めさせられ、友達と遊んだだけでも尋常じゃない怒りをぶつけられた。

周囲からは付き合いが悪いとよく言われた。

 

そういう歪つな思考を当然として、自身の主張を絶対に曲げない父であったから、必定、勉強する以外、何をしても許されなかった。

勉強していても、お前は馬鹿、阿呆と言われていた。

何をしてもしなくても怒りの矛先が自分に向いていた。

母がまだ健在な頃は、まだ最後の防波堤となって守ってくれていた。

しかし、母は僕が小学高学年で癌になり、中学2年の時に亡くなった。

父が病身の母に、僕のことで責めていることは何となく分かっていた。

身動きが取れなかった。

僕は孤立していき、消耗するだけの日々を生きた。

 

 

今日、池田晶子さんの『メタフィジカル・パンチ』を読んでいて、「知の技法について」というエッセイがあった。

そこにこういう文章がある。

 

「学者を大事にしない国は、古くより滅びると申します」

 

「一文の得にもならないことに熱中できる心生こそ、人々は大事にしなければならないのであって、直接に役に立つお勉強を求めるなら、専門学校へ行けばいいのである」

 

「就職その他が心配な学生は、最初から大学へは行かない。それでも、学問をと志してくる殊勝な学生をのみ、国は手厚く保護するべし」

 

また書く機会もあるだろうが、僕は色々あって、2浪して大学に入学した。

当時、志望する学部を選ぶ時に自分の選択肢の少なさを思ったことがある。

僕は大学は就職するためにあるのではなく、学問を深めるために行こうと考え信じた。

多分そう考えたのは、父に対する反発心がそう導いたのも大いにあったのだと思う。

 

受験勉強の科目の中で、日本の歴史ならその勉強に打ち込めるのではないかと考えて、史学科を目指した。

運良く史学科としては有名な大学に入学できたが、すぐに自分の考えていたことが呆気なく打ち砕かれたように思った。

学生の殆どは、学問しに来ていたのではなかった。

それは傍目にも分かった。

それはこの国では今でも変わらない現状なのだろうか。

それとももっと状況は深刻化しているのだろうか。

 

昨今も教育に文系がいらないなどと声高に吠えている肩書だけが偉そうな人たちが一杯いるが、池田さんはこの本の「学者さん」というエッセイではこう告げている。

 

「アカデミー、アカデミズム、学問教育、そのそもそもの始まりは、哲学者プラトン古代ギリシャに開いた学校、アカデメイアにあることをお忘れか。哲学教育こそ徹底するために開かれた学校から、ついに哲学が追放されるに至るとは、本末転倒どころの話ではない」

 

「二千数百年かけて、人類が堕落にこれ努めてきた紛れもない証左だと私は思う。「堕落」というのが説教臭く響くなら、たんに人口が増えすぎたせいと言ってもいい。」

 

「とくに学びたい、知りたい、考えたいと思っていない人々が、惰力で大学に流れ込むようになったということだ」

 

僕の10代はひたすら耐えるだけの日々だった。

20代は生き延びるだけで精一杯だった。

30代になって、やっと落ち着いて物事と向き合えるようになっていった。

 

けれど、今の僕はあれだけ嫌悪した父に近付いた人間でもある。

自分の精神状態が落ち着いていくに従って、多数の自分を囲む人々を羨むようになり、それまでの自身の生きてきた行程を塗り替えしていった。

ずっと自分をごまかして生きた。

そして狡賢い人間となった。

でも、そのごまかしも通じなくなっている。

当然だろう。

何もない空っぽな自分がいるだけなのだから。

 

散々、周囲と自分の人生の違いを強調した。

でも、それは何の解決も導かない。

何の解決も導かないことは、無意識に分かっていることだから、尚更自分に遭った事実を前に虚しさに襲われる。

けれど、その虚無感に浸ったところで何の明かりも照らしはしないことも知っている。

自分をごまかし、周囲に合わせようと生きてみて、それでも結局は社会と上手く折り合えず、踏み外しっぱなしでもあった。

 

今とくに学びたい、知りたい、考えたいと思うことは何もなく、ただ疲弊している自分がいる。

ならば、どんなに腐った社会だろうが迎合するしかないのか。

池田さんはこの本の中で、こうも語っている。

 

プラトン、あるいはたぶん、よりソクラテスにおいて、「真実を知ること」と「よい人間であること」とは、同一の事柄を指示していた」

 

正直に、この言葉は僕には甚だ面倒くさい言葉である。

僕はただただ偶然の成り行きで、「真実を追い求めた」時期があった。

だから、多分、その大変さが分かるように思っている。

このご時世に「真実を追い求める」ことの生きにくさたるや、その苦痛や孤独の深さを感じる度合いも更に強くなっていることも。

 

けれど、僕は幼い頃から父の言葉を何度も聞かされて、その意味を明確に分からずとも、違和感だけはずっとあった。

何故なんだろう?

 

覚悟。自分次第なのは分かっている。

邪念。こびり付いているのも分かっている。

自死したいというのではない。

死して怖れない勇気が欲しい。

今ここにある危機とぼくの好感度について

渡辺あやさんシナリオの『今ここにある危機とぼくの好感度について』が今晩5話で終話した。

 

1話と2話の鈴木杏さんが演じたポスドクの置かれている現状。

ドラマはそう遠からずの現実を描いているだろうから、今の日本の教育現場がこんなにも落ちぶれてもいるのかと唖然としてしまう。

勿論、大学を舞台にしたこのドラマで風刺しているのは、今の政治や社会でもある訳で、私たちはとことん落ちぶれてしまった現実の中で、多くの人が無感覚になって生きてしまっているのだと思う。

 

鈴木杏さんが演じるポスドクの木嶋みのりは権力にある人たちをこう語った。

「あの人たちは自分たちのことを弱いと思っていない。権力持っているから強いと思っている。強いから、間違うはずがないと思っている」

みのりは学生時代、松坂桃李さん演じる主人公の神崎が好きで、今もその気持ちが消えていない。

みのりの告発は有耶無耶にされ、彼女は地方へと引っ越すことに。

そこへ神崎が駆けつける。

神崎はみのりの行動を見ているうちに心を改心しつつあって、思わず駆けつけたのだが、そのシーン、鈴木杏さんの演技のもどかしさが秀逸で、本当に切なかった。

 

最終話、大学の三芳総長演じる松重豊さんの演技が光っていた。

三芳総長は神崎との対面シーンでこう語る。

 

「必ずや名を正さんか」

 

論語にこんな話があるんだよ。ある時、孔子に弟子が尋ねた。もし、先生が政治に携わるとしたら、何を為さいますか?すると、孔子が答える。必ずや名を正す」

「これには色んな解釈がある。でも、俺のは彼女(木嶋みのりの言った言葉に)近いんだよ。」

 

みのりは以前にこう語っていた。

「あたしだって、こんなことをして、どうなるの?って思うよ。でも、やらないよりましだから。どんなに嫌でも、病名が分からなくちゃ治療だって始まらないじゃん」

 

三好総長は続けて語る。

「問題には正しい病名を付けなければ克服することはできない。証拠不十分とは言い換えてはならない。私は学者。誇りを持って、孔子の教えに従うまでだ」

そこで、神崎は三芳総長に大学の不正となる証拠データを手渡す。

そして、マスコミとの親交を深める会にあたって、三好総長は理事たちを前にこう告げる。

 

「大学は営利団体ではない。真に探求の場であり、教育機関です。その名に恥じない決断をしなければならない」

 

理事たちの「綺麗事だ、現実を見てください。金がないとどうしようもない。それはもう我々は嫌というほど思い知らされてきたではないですか」と反論がある。

松重さんは「はい」と答える。しかし、…

 

「私は現実を見ています。大学は過ちを犯した。故に然るべき責任を取らなければならない。これが本当の現実です。確かに競争は熾烈です。だからこそ、私には生き残っていけるとはどうしても思えないのです。何故ならば我々は、”腐っているから”です」

 

「我々は組織として腐敗し切っています。不都合な事実を隠蔽し、虚偽でその場を凌ぎ、黙認し合う。何より深刻なのは、そんなことを繰り返すうちに、我々は信じ合うことも、敬い合うことも出来なくなっていることです」

 

「お互いが信頼も敬いも枯れ果てたような組織に、熾烈な競争を勝ち残っていく力などありません。もしそれを本当に望むなら、我々は生まれ変わるしかない。どんなに深い傷を負うとしても。真の現実に向き合う力。そして、乗り越える力。そういう本当の力を一から培っていかなければならない。たった今から」

 

「恐らく、長く厳しい闘いになる。これは、その第一歩です」

 

神崎はその三芳総長のこのシーンの前で、「そのために何人かが犠牲になってもいいってことなんすか。クソじゃないすか、そんな社会。そんなの超クソなんじゃないすかね!」と告げる大学生に対して、こう語っていた。

 

「そうだよ!クソだよ!今気付いたの?世の中ってそういうものなの。負け組は負けるしかないし、少数派は多数派の犠牲になるしかないんだよ。何の取り柄もない人間は媚び諂い好感度をあげるしかないんだから。愛なんか何の役にも立ちやしないんだから」

 

ラストシーン。ドラマの語り役はこう伝える。

「相変わらず世の中は複雑で、彼(神崎)には分からないことばかりである。それでもどういう訳か、この頃はちょっとだけ簡単に見えるようになった気もしている。もしかしたらそれは、”愛”のせいかもしれない」

 

渡辺あやさんの脚本はいつも秀逸だ。

僕なんかが語るまでもない。

今を、このドラマは殆ど語っていた。

もう落ちることろまで落ちた僕らの”腐敗し切った”社会や人間に対して、その立て直す答えは至極単純なことなのかもしれないということを、このドラマは語っている。

そしてその選択が、間違いなく、長く厳しい闘いになることも。

そして僕はその選択が、現実となる見通しが、かなり厳しいだろうと思ってもいる。

それくらい、この社会も人間も自覚出来ないほどに汚れてしまっているから。

 

素晴らしいドラマだった。

ディズニーランドという存在

昨日の日記でディズニーランドについて少し触れましたが、兎に角、僕が何を言たかったのかというと、今の世の中の人は、自分も含めて、そういったことにもっと、自覚的であって良いのだろうと思うということです。

日本人はそういった日々の生活にとって、本当に大切な文化や伝統を、どこかで見誤って、捨ててきてしまった側面は、否定出来ない様に思うんです。

 

ご存知の方もいるのかもしれませんが、読売の元社主であった正力松太郎という人は、日本に原発を持ち込むのに大いに働いた人ですが、実はディズニーランド建設にあたっても、かなり関わっていたという話があります。

元より、ディズニーランドは読売グループと密接な関係にあるとも言います。

だからと言って、ディズニーランドが悪いとか、読売が悪いとか主張したいのではないのです。

けれども、そこはしっかりと僕らが見据えておくべき事実なんだとは思うのです。

 

繰り返し堅苦しい事をいうかもしれないけれど、学校の修学旅行で、ディズニーランドって本当に行程の中に必要なの?って思います。

一方で、広島に修学旅行に行って、原爆ドームを見学し、原爆の悲劇を見知った生徒たちが、一方で、東京に修学旅行に来て、原発と同じ放射能を要する原子力を日本に持ち込んだ人が関わったであろう、また、原子力を推進するプロバガンダ映画を製作した歴史もあるディズニー、そのディズニー要する“夢の国”と言われる「島」で、日本の小中学生は何を学ぶのでしょうか?

ディズニーという企業にはそのようなきな臭い一面もあるのです。

原発反対!原発反対!と言っている人たちの中にも、ディズニーランドの年間パスポートを購入するくらい、どっぷり浸かっている方っているかもしれませんよね。

そういう方はそういう歴史的事実を知らないのかもしれないし、知っても大して、重きを置かないのかもしれないけれど、でも、僕はやっぱりそこは何かを履き違えている気がして仕方がないのですね。

 

もっと知るべきことを知らずにいて、それでいて、何か得体のしれない所より適当に充てがわれたものに対して、従順に熱狂的であるという姿が、醜い姿としても映るんだということに、もっと日本人は自覚的であっていい。

アメリカがどうとか、ディズニーがどうとか、それは二の次であって、そういう日本人の姿に、無邪気さとは程遠い、実態のなさみたいなものを感じて、個人的にとても違和感があります。

 

僕はホテルに勤めていたことがありました。

東日本大震災直後、職場の先輩から、その先輩の昔の同僚が、ディズニーランドの直営のホテルで働いていて、震災の影響で閉じ込められて、逃げれずにいるらしいと聞き及びました。

実際、震災当時、宿泊していたお客様も含めホテルスタッフなど、籠城生活を1週間近くしていたように聞きました。

でも、そんなどこかのTV局や週刊誌が飛び付きそうなニュースを、皆さんは大々的に見聞きしたでしょうか?

していないと思います。

勿論、東北の状況や原発の問題がありましたから、それどころではなかったとは思います。

しかし、ディズニーランド側は報道規制を敷いたと聞きました。

その理由は、"ディズニーランドは夢の国だから、(お客様の)その夢を壊す訳にはいかない”。

皆さんは、この理由をどう思いますか?

僕はね、正直に、すごく嫌です。

何が嫌かと思う説明なんてどうでもよくて、その何か居心地の悪さというか、気持ち悪さが、その彼らの言う“理由”の中には確実にある気がします。

一見、納得してしまいそうなその言い分には、ひどく傲慢さが見えるような気がする。

彼らが言う“夢の国”とは何でしょう?

じゃあ、あれだけ容赦なく映し出された東北の被災地は、“夢の国”ではなかったのでしょうか?

 

僕自身が皮肉れていて、だから、そのディズニーランド側の言い分に、大いに損得勘定を見てしまうだけなのかもしれないし、もしくは、何か隠さないといけなかったスキャンダルが、含まれていたとしてもおかしくないと、至極勝手に思うのかもしれないけれど、本当に、それは僕の皮肉れた性格故だけのものなのか?

 

NHK教育で、震災以降の高村薫さんの思索を追った、ドキュメンタリーを放送していたことがありました。

最後まで拝見して、高村さんご自身は、その彼女の過去の作品を思い返して、こちらが勝手に期待を寄せて、どんなことを言及するのだろう?と思って見たのだけれど、これが殆ど拍子抜けするくらい、何もこちらが期待するような言及が出来ていない。

彼女も、幸運にも被災免れた僕らと同じで、その被災地が示す圧倒的なまでの無力感に囚われていて、何も語れていないのです。

 

けれども、僕はこの番組を見て良かったと思いました。

それは、作家として有名な高村さんではなくて、実際に、東北の被災された方々の直接の声を聞けたから。

その方々の言うところは、何も目新しくはないし、難しくもない。

けれども、僕は高村さんの発言には何にも心動かされなかったのに、その方々の言葉にはハッとして、我が身を振り返って、とことん恥ずかしい思いをしたのです。

きっと歴史といったものの真実は、今回の高村さんの番組に出てきた被災者の方々の言及、もしくは存在を指して言うんだろうと、僕は思います。

そして、それらが長い年月を積み重ねていって、無意識にでも、その生活の中に大切にあるものを、伝統や文化というのだと思います。

 

少なくとも、僕の中では、行く行かないは別にして、日本のディズニーランドは伝統でも文化でもないし、歴史として踏まえた場合、それはどう語り継げば良いのだろう?と釈然としません。

僕が学ぶものもディズニーランドにはないこと、それだけは、はっきりしている。

 

僕らが、被災者の方々を支援するという発想は、間違っているのかもしれないです。

本当は僕らが学ばなくてはならないのだと思います。

被災した方々から、学ぶことは数多くあって、それは被災者の方々に失礼でも、傲慢なことでもなくて、そして、学んで、抱えきれないと思っても考えて、僕らは語り継ぐ物語を、きっと必要としているんだと思います。

 

(2012年3月に書いた日記を一部修正したものです)

ネズミの島

眠りに入る時間は遅い。睡眠時間も短い。途中一度必ず目が覚める。

そして2度寝して、数時間後に起き上がる。

それでも悪い夢にうなされたり、浅い眠りのまま眠れずということは今はない。

心の落ち込みや不安はないとは言えないし、日々狼狽えている。

でもこれは誰しもある感情の起伏なのかもしれないし、それに対する免疫力がないというべきか。

敏感過ぎるというか、もっと鈍感であるべきなのかもしれない。

というよりも、肝が座っていない、精神的に薄弱と言うのかもしれない。

そこをどうにか鍛えていくことが肝要なのだろうとも思う。

 

しかし、自分は今の社会の枠組みに何ら必要とされない事実もこの半年ほどで身に沁みた。

それはひとえに自身に帰することでもあり、言い訳の余地はないと思っている。

でもそれも、自分に限らずなんだろう。

この社会はより一層他者に対して厳しくなっている。

己に甘く、相手に厳しさを強いる、そんな社会が確立しつつある。

 

話は大きく変わるが、僕はこれまで1度もディズニーランドに足を運んだことがない。

何度か行こうと予定を立てたことはある。

1度目は母が在命の時、近所の母の友人家族とで行く予定を立てていた。

が、母が病気になって予定は白紙になった。

もう2回ほど行こうとしたことがあった。

だが、当日嵐になったりで結局出向けず、そのまま今に至る。

もうこの年齢なのでディズニーランド自体に興味もないし、行く気にもならない。

以前は職場なんかで、1度も行ったことがない話をすると皆が驚いて奇異な目で見られたものだった。

でも、以前から僕は日本人の文化に対する過誤を感じている。

例えば修学旅行がディズニーランドって意味が分からない。

そこで学生が感じ取るものは何だろう?

つまらないことをほじくり返すようだが、修学旅行でディズニーランドに行くような教育が、少なからず日本人として連綿と大切にしてきた心象を損なってはいまいかと思うのだ。

こんなことを言及する僕はつまらない虚勢を張っているだけなのだろうか。

 

居場所がない人間が数多いる。

それを見て見ぬ振りをして、その見て見ぬ振りすることさえ意識しないで済むような、いや寧ろそれを正当化してしまう心持ちを良しとする流れが加速している。

一度でも道を踏み外した人間を視界から消し去って、何とも思わない感じない、そんな人たちが言葉を無闇に濫用する。

その言葉に惑わされ、従属することに慣れてしまった人たちが群れをなす。