ならず者’s blog

所詮、戯言。

吉藤オリィさんとOriHimeと野坂昭如さん

数日、日記を書く気になれなかった。

この場で日記をスタートしてから、出来るだけ毎日書き続けようと思っていたのに、1ヶ月も続かなかった。

もう数ヶ月、日々、深酒をしている。

そんな自分を責めて、また飲んだ。

 

ここ数日、以前から続けていた断捨離は進めていた。

しかし、時間は持て余し、不甲斐ない日々。

読みたい本もある。

見ようと思う映画もある。

でも、体が動かない。

気持ちが上向かない。

そして、酒に走る悪循環。

 

夜になって、大分前に録画していた、吉藤オリィさんのドキュメンタリーを見た。

吉藤オリィさんのことは前々から知っていた。

だから、テレビ番組も録画していた。

番組としてはどうなんだろう?

作為的な面も感じたが、それでも彼の人生を垣間見る作りにはなっていたと思う。

 

この番組を見て僕が驚いたのは、孤独を噛み締め続けてきた彼が折り紙を得意とし、それをずっと自分の拠り所と信じ、生きてきたことだった。

ロボットOriHimeもここから名付けられたのだと初めて知った。

僕も物心付いた頃には、ずっと折り紙ばかりを折っている子供だった。

周囲とも交わらず、一人遊びばかりに没頭し、子供の輪の中に入れば泣いてばかりいた。

そんな僕を母はとても心配していた。

 

僕は30代後半にもなって、発達障害の診断を受けた。

小学校の入学前、母は僕を連れて、当時の幼稚園の担任の先生の自宅におもむき、「この子をそのまま小学校へに入学させても大丈夫だろうか?」と尋ねてもいた。

幼稚園の担任の先生の助言もあり、普通に小学校に入学した僕は、今思えば、どういう心の作用があったのか定かにしたくはない思いもあるが、ありのままの自分を生きた時間は少なかったのかもしれない。

母は僕が14歳の時に癌で亡くなった。

父とは幼い頃から、折り合いが悪かった。

今の僕は、誰も責めるつもりもない。

責めるとして、こうなってしまった嘘くさい自分自身があるだけだ。

 

この番組の後半、ロボットOriHimeを通して、これまでなら出会えなかった、立ち会えなかったような人たちの交わる場面が映し出されていく。

吉藤さんはこう語る。

「”人がいる”という価値なんです」

「人生を変えるきっかけは人がもたらす」

「人との出会いとそれに対する憧れ(が大切)」

「憧れる心と出会うということを失ってしまうと本当に何も出来なくなってしまうと思っている」

 

物心付いた時から、ある難病にある、ロボットOriHimeを使ってアルバイトを初体験した女性はこう語る。

「狭かった世界が、どんどん広がっていくように感じました」

 

吉藤さんの番組を見た後、同じNHKの映像ファイル「あの人に会いたい 野坂昭如」を見た。

10分ほどにまとめた野坂さんを取材した番組だ。

 

番組の語りはこう告げる。

「まだ甘えたい盛りの妹を餓死させてしまった負い目を、野坂さんは一生引き受けていくことになります」

「戦争は常に弱い者が犠牲になる、そのむごさを思い知ることになりました」

 

野坂さんは戦後間もない時の過去を語る。

「僕は子供がリンゴをかじっているのを見たの。僕が14歳ぐらいの時。

リンゴはぜいたく品だと思ったの。ぜいたく品ならかっぱらってもいいと思った。

彼がまだ食べているやつをかっぱらって逃げて食べたら、これがリンゴじゃなくて芋だったの。生芋だった。

生芋の場合だったら、彼にとってみれば、食うためのギリギリです。

その時は僕は泣いたね。子供からひったくって食べたのは、彼の生きるための糧でもあったものを、僕は盗っちゃった。

5つぐらいの子の。その時の記憶というものは鮮烈にあるもんだから、食い物はやっぱりきちんとしなきゃ、人間どれ程卑しくなるか、あるいは残酷になるか」

 

野坂さんは自身の長女が生まれて、自身の過去と否応なく向き合うこととなる。

「生まれてきたのは女の子でしょ。だから、えらい恐怖感があるんです。

目が覚めたら、死んでんじゃないかっていう。そういうことが一方にあって、もう一つは食べている時に、なる程、これだけ子供にいいもの食べさせされて、いい世の中だなというふうには思わないんですね。

こっちがいいものを食べてスクスク育っていくのと同時に、こっち側の方の過去がよみがえってきちゃう。

なにしろタイムマシーンがあったら、持っていってやりたいという感じが本当にしたんですね。

妹のところに」

 

そして、野坂さんはもう少年時代のあの頃から逃れられないと覚悟を決めて、『火垂るの墓』を執筆したそうだ。

そして、戦後も弱い者が苦しみ続けた悲劇を訴え続ける決心をしたそうだ。

 

野坂さんは語る。

「今改めてあの戦争及び戦後の日々を顧みてみることは、何も特別なことじゃなくて 僕は折に触れて顧みるべきだと思うんです。毎日毎日のことについて。

他の国は本当にみんな、この戦争というものを忘れてはいません。

日本だけが負けちゃったもんですから、忘れたということにしちゃったんでしょうけど。

結局はもう二度とああいうことは起こっちゃいけない。世界のどこででも起こっちゃいけない」

 

「記憶として飢餓の体験を伝えることは難しい。涙がでてくるみたいで、不安感が出てくる」

 

僕はこの2番組を見て、両方とも涙が出た。

もう僕という人間は涙も枯れ果てているから、大泣きするようなことなんてなかったけれど。

でも、吉藤さんの気持ちも、吉藤さんの産み出したロボットで救われた人たちの気持ちも、野坂さんの気持ちも、こんな始末の悪い自分だけれども、一瞬だけ寄り添えた気がした。

彼らの孤独が分かるような気がした。

僕も遠からず、似たような気持ちや経験をして来たからだと思うのは己の勘違い、もしくは傲慢だろうか。

 

久しぶりに書けた日記。

まとまりもない、身勝手な日記かもしれないが、当面は自分の気持ちが落ち着くまで、書ける時にこのような日記を書いていこうと思う。